「今日は、誰にも邪魔されないで1日好きにできる」
「あの人と会えるなんて二度とないチャンス」
このような状態で、どうすれば時間を有意義に過ごせるか?考えたことがありませんか?
逆に、有意義に過ごそうと思ったけれど、結果的に何もできないこともよくある話です。
そもそも、有意義な時間とはどのような時間なのでしょう。
有意義な時間とは、そのものずばり「意義のある時間」です。意義のある時間とは、自分や外部の誰かにとって何らかの影響を悟った時間ではないでしょうか。
ただし、意義があるかないかは人それぞれ受け止め方が違います。自分では、意義があると思っても、相手にとって得るもののない時間であることも考えられるでしょう。
有意義であるか、ないかについて、その場で判断したとしても後で変化する可能性が高くなります。たとえば、セミナーに参加してスピーカーの発信した情報がとても役立つ内容と感じたとしましょう。セミナー終了後に得た情報をネットで検索したら、サービスが終了していて現在では使えない情報だと知りました。有意義に感じた時間が一転して無駄な時間となります。
極端な例ですが、有意義と思えた時間が一転して無駄な時間に変わることは生きている中で起きうることです。ここで重要なのは、「有意義な時間とは、後で感じるもの」ではないでしょうか。精神論と言われても仕方ありませんが、そのときそのときの印象は、時間の経過とともに変化します。
個人的な話ですが。。。
- 実家の借金問題
- 実家が競売にかけられたこと
- 親戚同士の争い
- 親の債務整理
- 父親の突然死
- パニック発作~うつ病となり5年間の闘病生活
- 会社と労使間闘争
- 精神障害を持った母親
- 左耳が全く聞こえなくなった突発性難聴
- 妻の乳がん発症
- 3人の子を残して先立った余命1週間の妻の死
- コロナによる減給を理由に会社を退職
- ヘルニアにより手術・入院
- 子育てと記事執筆の限界突破に挑戦する日々
妻の死は、いまだに受け止め切れていません。ただし、その前に起きた大きな問題が自分の中で変化しています。問題が起きたばかりの状態では、「なんて、不運なんだ」や「ここまで苦しめられるのか」など、最悪に感じていました。それが、時間の経過とともに、亡くなった父親への感謝の気持ちが大きくなったのです。
まとめますと、人生も仕事も遊びもすべてプロセスだと感じました。「起承転結」、課題の克服は、いつの間にか自分のココロの中でできあがっています。もしかしたら、寿命が尽きる最後の瞬間に「有意義な長い時間(人生)だった」と思えるだけで幸せかもしれませんね。